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2021年4月18日(日)復活節第3主日礼拝

更新日:2021年4月24日

聖  書  マルコによる福音書4章1−9節  説  教  「種を蒔く人」      交読詩編 126編1〜6節       

讃美歌  148番、385番1・2節、502番

【説教要旨】マルコによる福音書4章1−9節 「種を蒔く人」

 今日の交読詩編126編「涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる」、この言葉は真実です。聖書で、種とは神の言葉、種を蒔く人は神です。その姿に、苦しみにある詩人やイスラエルの人々は、自分たちの現実を重ねました。泣きながら、種の袋を背負って出かけて行く、と詩人は歌います。そこに神さまの力が働いて、必ず厳しい現実を変えてくださる、苦しみから始まる真剣な祈りと希望の歌は、時代を超えて世界の闇を希望の光で照らしてくれます。

 神の言葉を生き、人々に伝えるイエスのもとには、苦しみを抱えた多くの人々が常にやって来ていました。イエスは岸にいる人々に湖上の舟から言われます。「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。ある種は道端に落ち、鳥が来て食べた。ほかの種は石だらけのところに落ち、焼けて枯れた。ほかの種は茨の中に落ち、茨におおわれて、実を結ばなかった。ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結んだ」。私はかつて、このたとえ話を、種は良い土地に蒔かないと意味がないのだと思っていました。しかし、イスラエルの種蒔きは私が種を畑に蒔く時のように、ちまちまと指で開けた穴に発芽率を見込んで3、4粒蒔いては土をかぶせるというやり方ではありません。種の袋からつかみ取った種を、腕をしならせながら広範囲に蒔いて行くのです。種である神の言葉は神ご自身のいのちです。マルコの教会での経験(迫害にあったキリスト者たちや信仰につまずいた人々がいたこと)は石だらけや茨の中に蒔かれた種にたとえられていますが、神は土地をお選びになることなく今日を生きるいのちと希望をザッ、ザッと惜しみなく蒔き続けてくださっています。見捨てられた土地にも、日陰にも、ぼろぼろになった廃墟にも。わたしたちが苦しみにある時、荒地にいる時、意味がないと思う時、そのすぐとなりで神が、そして神の子イエスが、人々の涙を全部背負い、ご自身も涙しながら種を蒔いてくださっています。祈り;神さまのいのちの言葉を毎日受け取らせてください。喜びの歌をあなたに歌わせてください。(森美由紀)

 
 
 

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