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2021年3月21日(日)受難節第5主日礼拝

更新日:2021年3月27日

聖書 マタイによる福音書2 0章20〜28節(新p.39)

説教  「皆の僕になりなさい」  

讃美歌 Ⅱ16番、55番1,2節、285番1,2節

【説教要旨】 マタイによる福音書20章20〜28節

「皆の僕になりなさい」

 イエスと弟子たちは巡礼の途中です。出エジプトの神の救いを祝う過越祭のため、一行はエルサレムへと上っていきます。途中、イエスは12弟子に受難、十字架の死、復活を予告されました。「そのとき」(20節)ヤコブとヨハネの母が、イエスが神の王国の王になるときに息子が高い地位につけるようお言葉をくださいと願い出た、とマタイは記します。マルコ福音書では願い出たのはヤコブたち本人です。弟子の名誉のため、母に申し出が着せられたのであれば私たちはマタイに抗議するでしょう(十字架の際、ヤコブたちが逃げて不在だったのに対し彼女はイエスの苦しみに立ち会いました)高い地位を求める願い出をする弟子たちにイエスの受難は全くわかっていませんでした。

 イエスは、誰が高い位につくかは父である神が決めるとお答えになります。また、ローマの支配下では「力ある者が権力を振るっているが、あなたがたの間ではそうであってはならない」「いちばん上になりたいものは、皆の僕になりなさい」と教えられました。権力を振るうとは、主として振る舞うという意味です。神の支配下で高い位につくということは、力あることでも、自分を主とすることでもありません。力ではなく、イエスに信頼すること、イエスを自分の救い主とし生きること、全てにおいて主である神に働いていただくということです。皆の僕として神と隣人に仕えることが、神の支配にあっては高くされるのです。それは最も低いところに降ってくださったイエスの生き方、死に方そのものです。

 イエスの受難は弟子たちにも、私たちにとってもわからないことかもしれません。しかし想像を超えるイエスの受難を思うとき、私たちが苦しみ、悲しみにあるときに共に苦しみ悲しんでいてくださる受難のイエスに出会うでしょう。決して人はひとりではないのです。そして、復活の力があなたにも働く、だから安心して行きなさい、そのように励まされて新しい朝を迎えることができるのです。

 イエスは「自分の命を捧げるために来た」と言われます。2回目の十字架はありません。どんなときでも、イエスに背を向けたり、引き渡したりすることなく、主として私たちのうちに住んでいただきましょう。あなたのために捧げられたイエスの命と共に、神と隣人に仕えることができますように。                              (森美由紀)

 
 
 

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